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モノノフからDDへ

ももクロ一筋だったモノノフがDD化していく軌跡を綴ったブログ

KSDDじゃダメかしら?

別に自虐ネタとしてではなく(それもなくはないけど)、自分自身はKSDDと呼ばれることに、誇りといったら大袈裟だけど、それなりに自負めいたものはある。

とか言いつつも、この2週間の間につりビットのみーちゃんに見られたくないところを見られたり、先日ドルオタ界隈で、「好きなアイドルに、「専オタになって欲しい」と言われたらどうする?」みたいな話をちょっとしていて、自分ならどう答えるかなー、とかうつらうつら考えたりしていたので、それについて書いたみた。

 

専オタ、専オタ、ねえ…。

うーん、そもそもなぜアイドルというジャンルにおいてのみ、ひとつのグループやひとりのアイドルを好きであることが神聖視、神聖視が大袈裟であれば重要視、されるのかいまひとつ理解できないんだよね。
いや、理解できないわけではないけど、個人的には首肯できないかな。否定はしないけどね。

これが例えば、音楽というジャンルや読書という他のエンタテインメントのジャンルになったとき、ミスチルしか好きじゃない、とか東野圭吾以外は興味ない、という風になった場合、その人は相当狭量な人間と評価されると思わない?

少なくとも、他の音楽も聴かないのに「ミスチル最高!」とか言われても、他の本を読まないのに「東野圭吾最高!」とか言われても説得力にも欠けるでしょ?。

「もっと他の音楽も聴いてから言えよ」「他の本も読んでみろよ」としか言いようがないし。

いや、これがまだミスチル東野圭吾なら可愛いもので、もっとマイナーだったりニッチなものを引き合いに出されて言われると、正直どうなんだと思っちゃうよね。

じゃあ、なんでアイドルというジャンルにおいては、ひとつのグループや一人を好きになること、「専オタ」であることが優越性を持つのか、と考えてみると、それは、アイドルというジャンルの持つ特性がエンタテインメントであることよりも「擬似恋愛」性としての色が強いから、ということになると思う。

つまり、恋愛対象としてアイドルを見るのであれば、複数のアイドルを好きになることは「二股」以外の何物でもないし、それはアイドルに対しての裏切り行為だ、という考え方によるものね。

このこと自体はどれだけ否定してもアイドルというジャンルにはついて回ることだし、そのこと自体がビジネスモデルとしても根底にあるわけだから、致し方ないことであるとも思う。それこそが強みでもあるわけだし。
ただ、アイドルというジャンルは同時に「エンタテインメント」でもあるわけで、そういう楽しみ方を小馬鹿にする、もしくは低く見るのはなんでなの?、と。

ひとつのグループや一人のアイドルを好きになることは、擬似恋愛的には美しい行為だし、そこにお金や時間を費やすこと自体は応援という意味でも大きな力にはなっているとは思う。それは間違いない。

でもね、アイドルビジネスというくくりで考えた時、その「市場」を支えるのは専オタではなくDDだとも思うわけ。
そして、そもそもそこに市場がなければ、アイドル自体がブレイクしようにもする場所がないわけだし、少ないパイを奪い合う戦争にしかならない。

具体的に言えば、アイドルというジャンルがシャンソンやブルースと同じような市場規模だったら、紅白歌合戦に出場枠もなく、そこまで極端に言わずとも紅白歌合戦での出場枠が今の半分になったら、48グループ以外はもはや出演はできないんじゃないかな。

アイドルという「ジャンル」に需要があればまた別の話になるとは思うけど。
いや、今から専オタだけで48グループもももクロも追い抜ける、と考えるのであればまた話は別だと思いますがね…。それはなかなか難しいでしょ。

こっちの例の方がわかりやすいかな。
ひとりの選手やチームをどれだけ応援しても、そのスポーツ自体がマイナーなままであり続ければ、その選手やチームがブレイクすることはありえないじゃない。例外がまったくないとは言わないけど。
アイドルというジャンルにおいてもそれは同様だと思うわけです。

つまり何がいいたいかというと、アイドルを応援したい、それはつまり彼女たちがより一般への認知を広げ、テレビに出演したり、ライブでの集客数を増やすことの手助けになりたい、と思うのであれば、そのアイドル自体を支えることも大切だけど、市場を支える、という行為を同時にしないと片手落ちなのではないか、と私は考えるわけです。

と同時に「擬似恋愛」性が上位価値にあり続ける以上、アイドルというジャンルが一般に受け入れられるのは困難を伴うし、そのこと自体がアイドルがブレイクするための足枷になってしまう可能性すらあると思うのね。

いやまあ、ガチ恋だから、「彼女たちがブレイクするとか関係ない。繋がれればそれでいい」という専オタならそれでいいのかもしれませんが…。
私はそうはなりたくないですし。

擬似恋愛性を否定するわけでもなんでもないのよ。自分にもその嫌いは当然あるわけで。ただその側面だけに捕らわれてしまうのはどうなのかな、という話。
自分は擬似恋愛性だけでなくエンタテインメントとしてもアイドルを好きだし、その観点から考えて、よりアイドルというジャンルを盛り上げたいと思っていて、だからこそ、KSDDとしてアイドル市場を支えている、と思っているんだけど。

長くなっちゃったけど、そう考えると、専オタであることよりもKSDDであることの方が、大事なような気がしてこない?

……してこない…。そうか、そうですか…。それは、残念だ…。

 

というわけで、どうやら説得には失敗したようです。

そもそもこんな長い話できないしな!

頼むから推してるアイドルの皆様方におかれましては「専オタになって欲しい」という一言は私に対しては禁句でお願いいたします。